特集!「ルイ・ヴィトン」 ヴィトン誕生から、ダミエ、モノグラム、日本との関係をご紹介

ルイ・ヴィトンがたどった歴史。<br>それは時として冒険を伴うドラマチックな航海でした。

ブランド紹介

旅行用トランクの製造を専門に扱う店として創立された「ルイ・ヴィトン」。
水に浮くトランクが評判となり、1959年には象徴ともいうべき「モノグラム」を発表。
現在も積極的に新進気鋭のデザイナーとのコラボレーションを行い、次々とヒット作品を世に送り出し続けています。
世界で最も愛されている老舗一流ブランドの一つ。

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19世紀 パリ

19世紀 パリ

ルイの誕生、そしてパリへ

ルイ・ヴィトンの創始者ルイは今から約200年前の1821年、フランスのジュラ地方アンシェイ村で12兄弟の真ん中の子供として生を受けました。

ルイは14歳の時、既に職人としてのキャリアを歩み始め様としていましたが、親との折り合いが悪く家を飛び出し、そのまま都パリに向かいます。
ジェラから遠く離れたパリに向かう旅路で、旅行カバンにたくさんのアイデアを想い抱き、それは後々ルイの感性に多くの影響を与えました。

その後20年間トランク製造と荷造りの職人として地道に腕を磨き、フランス王室から注文を受けるほどの一流の職人となっていたルイは、1854年に満を持して旅行カバン専門アトリエをオープン。これが現在の「ルイ・ヴィトン」の発祥となります。

Eugénie de Montijo

フランス皇后
ウジェニー・ド・モンティジョ

折しも移動手段が馬車から鉄道へ移行する時代。

ヴィトンは新たな世間のニーズに着目し、蓋の丸いトランクから、積み上げやすい平らなトランクを考え出します。そして革が主流だった材質を、軽い防水加工を施したグレーの無地コットン「グリ・トリアノン・キャンバス」に変え、これが大評判となります。

今までになかった、堅牢でありつつ軽く運びやすいトランク。当時の為政者ナポレオン3世の皇妃であり、社交界のファッションリーダーであったウジェニーの心を掴むほどの大流行。

さらに旅行用タンスのワードローブトランクを発明するなど、次々と革新的なアイデアを盛り込んだヴィトンは、その独創性と優れた技術で確固たる地位を築き上げます。

タイタニック号

タイタニック号

Episode1:

タイタニック号とルイ・ヴィトン

『沈没した豪華客船タイタニック号から引き揚げられたルイ・ヴィトンのトランクには、一切水が入っていなかった』そんな逸話をご存知ですか?

伝説的ともいえるエピソードがまことしやかに語られるほど、ルイ・ヴィトンのその確かな技術と品質に、世界中から信頼が寄せられている証拠とも言えましょう。

ジョルジュの二代目継承、「ダミエ」発表

1880年、初代ルイが創り上げた人気アトリエを、息子のジョルジュ・ヴィトンが継承。しかしその門出には困難が待っていました。それはヴィトンの様な人気商品につきまとう運命というべき模倣品の横行です。
当時としてもヴィトンの評判、機能性は突出しており、同業者によるデザインだけを真似た粗悪な模倣品が市場に出回っていました。それに対抗するためヴィトン側が都度新しいデザインを考え出さざるを得ないという状況を作り出していたのです。

模倣品の対抗手段として新しい商品デザインを求められたジョルジュは、日本の市松模様からインスパイアされた「ダミエ」を発売し、これがベストセラーとなります。
時はジャポニスムに湧くパリ。1878年の万国博覧会がきっかけで、マネやモネ、ゴッホなどの芸術家も虜となった日本文化ブームの真っただ中でした。そしてジョルジュもジャポニスムに心酔した一人でした。

ところが「ダミエ」もすぐに模倣されてしまいます。「ダミエ」のデザインは斬新でしたがシンプルでした。当時の鞄は職人の手書きで商品にデザインを施していたので、生産効率をあげるためにデザインをシンプルにしており、そのため容易に模倣品も作る事ができたのです。

「モノグラム」誕生

一向に止まらない模倣品の横行に、ジョルジュは生産効率よりも、より工夫された斬新なデザインが必要だと考えました。
そして変革を迫られて次に考え出されたのが、あの「モノグラム」です。

LとV、花と星のシンボルが均一に並ぶフラットかつ複雑なパターン、日本の家紋に影響を受けている事で有名なデザインで、現在においてもルイ・ヴィトンを象徴する作品です。

「モノグラム」はその複雑なラインを職人がひとつひとつ描き上げるため、同じものを作りあげる事は困難であり、以降同業による模倣品を激減させる事に成功しました。
当初の目的を達成しただけではなく「モノグラム」はパリで瞬く間に人気を博し、大ベストセラーとなります。これはアトリエにとって更なる飛躍のきっかけとなった鮮烈な出来事でした。

現在でもルイ・ヴィトン売上のうち約60%を占めるモノグラムシリーズ。模倣品との差別化で生み出された革新的なデザインは、色あせることなく創意工夫の精神として脈々と引き継がれています。

歌川広重の浮世絵(左)と、ゴッホによる模写(右) 1887年

歌川広重の浮世絵(左)と
ゴッホによる模写(右)

Episode2:

ジャポニスムとルイ・ヴィトン

西洋から遠く離れた異国の地、東洋への憧れ。日本の開国の動きとともに1855年~1878年のパリ万博・ウィーン万博で紹介された浮世絵や工芸品、建造物などの日本の伝統文化は、今までに見たことのない斬新なものとしてヨーロッパに大きな衝撃を与えました。当時の有名な画家たちもこぞって夢中になったアートのムーブメント。このジャポニスムにルイ・ヴィトンも大きく影響を受けたと言われています。

海外進出と日本

約100年後の1978年。自国フランスで大成功をおさめたルイ・ヴィトンが、海外進出に乗り出します。初めての海外展開に選ばれた国は、ジャポニスムを通して縁のあった日本。その年に東京・大阪に6店舗出店しましたが、たちまちのうちにファッション界の話題を独占し、大流行となりました。

ルイ・ヴィトンと日本。それは日本を代表する世界的なアーティストとのコラボレーションとしても商品化しています。スーパーフラットの村上隆と水玉模様の草間彌生。モノグラムと同じフラットなデザインを得意とする二人との絶妙なコラボは、アート業界を巻き込んで大きな話題となりました。

発展し続けるブランド

2021年でルイ誕生から200年が経ちます。

日本一号店のあった千代田区紀尾井町で開催された「旅するルイ・ヴィトン」展は大盛況をもって迎えられました。

ルイが作り、ジョルジュが発展させたルイ・ヴィトンは今の日本においても大変な人気を誇っています。

私たち日本人がルイ・ヴィトンに魅力を感じるのは、ダミエやモノグラムの二つのラインに懐かしさにも似た伝承の記憶が呼び醒まされるからでしょうか。
そして歴史が物語る様に、困難を乗り越える過程で新しい事に挑戦していこうとするルイ・ヴィトンの発展性に私たちが共感しているからかもしれません。

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